大倉山観梅会

港北区の春を告げる恒例行事「大倉山観梅会」が、2月18日(土)・19日(日)に開催され、両日とも好天に恵まれ、6万人の来場者でにぎわいました。
早咲きの花は散り始めていましたが、中咲きの多く満開の梅に囲まれて盛大に開催することができました。
梅林内の特設ステージでは、18日は、保育園児のダンスや歌、和太鼓、ソーラン、舞踊、獅子舞、筝・尺八などが披露され、19日には、春の梅林にふさわしい、港北三曲会の筝・尺八などの演奏や、港北芸能協会の日本舞踊が華やかに披露されました。
ステージ前では、高木学園女子高等学校茶道部による「野点」が行われ、春の暖かい日差しの中で、梅を愛でながら多くの方がお点前を楽しんでいました。
大倉山記念館周辺や梅林内では、大倉山商店街と大曽根商店街の臨時店舗も出され、大倉山梅林の梅を使用して作った、大倉山梅酒「梅の薫」の試飲販売が行われ、梅の下で楽しむ姿も見られました。 遅咲きの花は3月まで楽しめます。
大倉山梅林は入場無料で、いつでも入場できます。
是非お出かけください。
大倉山観梅会は、また来年も梅の時期に開催いたしますので、またご来場ください。

日時・会場

平成29年2月18日(土曜)・19日(日曜)午前10時~午後4時 大倉山公園梅林(東急東横線「大倉山駅」下車徒歩7分) 港北区大倉山2-10 (大倉山公園面積6.9万平方メートル、同梅林1万平方メートル) 内容 ステージ、野点、大倉山梅酒「梅の薫」の新酒の試飲及び先行販売、地元商店街による出店、園芸品販売 など

大倉山公園は駐車場がありません。

大倉山梅林 梅の開花状況

大倉山観梅会の様子

開会式

ステージ

ステージ

ステージ

野点

甘酒ブース

梅酒ブース

F・マリノスブース

大人気の淡路枝垂

梅見で一献

こうほく梅の写真コンテスト

港北観光協会では、毎年、区の花“梅”をテーマに写真コンテストを行っています。
コンテストの概要と2017年の応募規定についてはこちらをご覧ください。

大倉山観梅会 梅クイズ

問題はこちら 回答はこちら

大倉山梅酒「梅の薫」

大倉山梅林の梅の実で作った大倉山梅酒「梅の薫」の購入はこちらから

梅の苗木募金の御礼

大倉山観梅会の2日間、「梅の苗木募金」を会場内で行いました。
ご協力いただきました、13,280円は、梅の苗木購入と、港北区の観光資源の保持のため活用させていただきます。
皆様、ご協力ありがとうございました。

協賛

大倉山観梅会実行委員会では、観梅会開催にあたり、趣旨に賛同していただける企業を募集しています。
詳細は、大倉山観梅会事務局(港北区地域振興課)までお問い合わせください。

第29回大倉山観梅会に、ご協賛、ご寄付をいただいた企業・団体はこちらです。

    • (株)トーエル
    • 港北区連合町内会
    • 朝日新聞サービスアンカーASA大倉山
    • 大倉山商店街振興組合
    • 大曽根商店街商業協同組合
    • 新横浜グレイスホテル
    • (公社)神奈川県宅地建物取引業協会横浜北部支部大倉山地区
    • 木村商事グループ
    • 横浜F・マリノス
    • 横浜ひかりライオンズクラブ
    • (一財)港北交通安全協会
    • 東京急行電鉄(株)
    • 東京プロト(株)
    • (株)日本ハウジング
    • (株)西山建材店
    • 川崎信用金庫大倉山支店
    • (株)伊藤園

主催・後援

主催:大倉山観梅会実行委員会
後援:港北区役所・港北観光協会
大倉山観梅会実行委員会事務局(港北区地域振興課内)
TEL:045-540-2235

大倉山公園梅林の歴史

平成元年から始まった「大倉山観梅会」もすっかり春を迎える港北区の恒例行事となりました。
横浜市民はもちろんですが、県内外でも観梅の名所として有名になっている大倉山公園梅林の歴史について、大倉精神文化研究所研究部長の平井誠二氏の著書「わがまち港北」の「大倉山梅林」の章から引用させていただき、東京急行電鉄株式会社提供の写真とともに、ご紹介します。

大倉山駅の改札を出て、すぐ右の線路際の坂道「記念館坂」を上り、横浜市の指定有形文化財「大倉山記念館」の脇を抜けて少し下ると、龍松院の手前に梅林が見えてきます。

【大倉山観梅会での野点】

梅林の入口

梅林の由来の説明

この梅林は、東京急行電鉄が龍松院から土地を購入し、昭和6年(1931)に開園したもので、小森嘉一さん(大倉精神文化研究所元研究員)の話によると、東急東横線の学芸大学駅のあたりにあった金持ちの別荘の梅を移植したのが始まりだそうです。 梅林入口にある大倉山公園梅林の由来の説明文には、「最盛期の昭和12年(1937)ごろには、白梅を中心に14種1,000本を超える一大梅林があったとされますが、第二次大戦中は燃料用のたき木を取るため伐採されたり食糧不足のためイモ畑化するなど荒廃しました。」とあります。 昭和18年ごろに大倉精神文化研究所の創設者である大倉邦彦氏が旧制の高等学校を大倉山に開校しようとした時に、校地として譲り受ける計画もありましたが、実現しないままに戦後を迎えました。 戦後も梅林には数百本の梅が咲き誇り、東横線沿線の観光地として賑わいました。かつては、観梅の時期に臨時急行「観梅号」が大倉山駅に停まったこともあったそうです。

  • 1951年(昭和26)梅林の様子

  • 1951年(昭和26)和服の方も

  • 1951年(昭和26)梅林の様子

  • 1952年(昭和26)梅林の様子

  • 1953年(昭和27年)大倉山公園の桜と大倉山記念館

1960(昭和35)年梅林の様子(今も昔も花見にはお酒ですね)

[写真提供:東京急行電鉄株式会社]

1969年(昭和44)梅林での写真撮影会の様子

梅林は、昭和58年(1983)から61年(1986)にかけて東急電鉄から横浜市に売却され、再整備のうえ平成元年(1989)に大倉山公園の一部として開園しました。 現在は、32種類、約200本の梅が植えられています。一番本数が多いのは大きな実を付ける「白加賀」ですが、中国伝来で萼が緑色の「緑萼梅(りょくがくばい)」、一本の木に淡紅色・紅色・白色の花を一緒につける「思いのまま」などの珍しい品種もあります。毎年どの枝にどのような色の花が咲くのかわからず、人間の手では決して制御できないことからその名前が付けられました。

萼が緑の”緑萼梅”

人の思い通りにならない”思いのまま”

梅園が開園した平成元年には、地元商店街や自治会町内会などで「大倉山観梅会実行委員会」が設立され、毎年2月~3月の週末2日間で「大倉山観梅会」が開催されています。
平成3年(1991)には港北観光協会が梅林開園60周年記念事業として、大倉山梅林の「白加賀」実を手もぎで収穫して漬け込んだ「大倉山梅酒 梅の薫」の製造販売を開始。開港以来続く”先進の息吹”と”個性あるものづくりの意欲”を大切にし、個性ある横浜発のオンリーワン商品を目指す地域ブランドであるヨコハマ・グッズ「横濱001」に1995年の認定から現在まで連続して認定され続けています。 アルコール度数は13度(ワインとほぼ同じ)で、やや甘めで濃厚です。オンザロックで。ソーダ割りもおすすめです。
毎年大倉山観梅会の会場で、前年の梅を使って製造した新酒が先行販売されます。

大倉山梅酒 梅の薫

大倉山梅林の白加賀の実を使って作ります

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